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February 27, 2008

臨湖節とよろづや

ここは長浜湖畔の町よ
臨湖 臨湖 臨湖セント
旅のお方は ヨイトコ サッサノ 
気晴らしに 臨湖 臨湖 臨湖セント
ヤッサッサノサ

 野口雨情作詞の長浜節は、臨湖節の通称で愛されてきた。かつては宴席でいつものように聞いていたが、最近はとんとその機会が無くなっている。
 小生がこの歌を初めて耳にしたのは大学生の時で、料亭「よろづや」さんでのこと。昔は相当な美人芸者だったと思われるオバアチャンから教えてもらった。
 その「よろづや」さんが先月で閉店された。経営者ご夫婦が高齢となり、後継者がいないことから決断されたようだ。施設的にはまだまだ新しく、勿体なく本当に残念である。

 なお臨湖節は6番まであり、掛け声的なあいの言葉は復唱だが、それを除くと七五調の美しい韻を踏んだ詩である。ぜひとも後世に伝えたい詩なので、ご紹介したい。

1番 ここは長浜 湖畔の町よ 旅のお方は 気晴らしに
2番 桜花かよ 豊公園の 見ても見あかぬ 花が咲く
3番 竹生島から 涼しい風が 夏は三里も 吹いてくる
4番 近江名物 曳山まつり 町に十二の 曳山(ヤマ)がでる
5番 伊吹山から 便りはないが 冬の知らせに 雪が降る
6番 蚊帳と天鵞絨(ビロード)と 浜縮緬で 近江長浜 繁盛する

February 26, 2008

除雪

 先日、「長浜城・豊公園への道が除雪できていない」とお叱りを受けました。頑張ってやっているつもりでしたが、抜け落ちている場所がありました。遠来からのお客様にご迷惑をお掛けしたことは、誠に不徳の致すところ。申し訳ございません。

 昨日の朝、長浜市街地のとある商店街を通ったのですが、除雪されていませんでした。昼から通った時も雪があり、自転車に乗っていた小生は転げそうになってしまいました。商店街のお店は休んでいるわけでもなく、堂々と開店されています。なのに、お客様のことは全く考えておられないのか、自らの店先さえも除雪されていません。
 近年この商店街は客足が遠のいていて、ハード整備などが協議されているようです。でも、除雪作業もままならぬ商店街に、お客様が来るでしょうか。春はまだまだ遠い気がします。

February 24, 2008

ソウルの長浜人

 「ソウルの長浜人」と名乗る方から、このblogに何回となくコメントを頂戴している。その長浜人さんから「帰省するので一度会いたい」とメールが入り、先日お話しする機会を得た。
 長浜で生まれ育った氏は、東京の大学で学んだ後に韓国に語学留学し、居心地の良さに魅せられてすっかりとそのまま居着いてしまったらしい。小生は韓国に関する知識を殆ど持ち合わせていなかったが、ソウル大学で日本語を教えている氏から、韓国ではソウルと地方の差が大きいこと、大阪とソウルは街も人も気質が似通っていること等々数多くの興味深い話を得ることが出来た。中でも印象に残っているのは、韓国の方々を連れて長浜を観光した時の印象が良かった、ということである。日本の大都市はソウルとさほど大差ないが、長浜を訪ねてみると「ホンマに日本やなあ」という実感が湧くそうである。
 近年は長浜でもインバウンドと呼ばれる外国人観光客が、年を追う毎に増えてきている。盆梅、曳山子ども歌舞伎、長浜城、大通寺などのお寺、北国街道の町並みなど、長浜には日本の伝統的な文化や佇まいが息づいている。トキの名前のニッポニアニッポンではないが、長浜が日本の中の日本と呼べるマチになれたら、ソウルの長浜人さんに会ってそう思った次第である。
 長浜の応援団が国外にもいらっしゃることは、誠に心強いばかりである。ソウルの長浜人さんには、長浜観光の韓国代表として今後もPRを是非とも宜しくお願いしたい。

February 23, 2008

安全運転してください

 つい今ほど、慶雲館の近くで交通事故がありました。交差点で福井と名古屋ナンバーの自動車が衝突とした模様で、救急車も来ていました。大事に至らねばと祈るばかりです。
 たぶん、2台の自動車ともに盆梅展に来られた観光のお客様でしょう。この方たちにとって長浜は、嫌な思い出の地となることでしょう。これはお客様にとっても、私たち長浜にとっても不幸なことです。
 旅が楽しく良い思い出となりますよう、くれぐれも安全運転でお願いします。
 

February 21, 2008

長浜市が広くなりました

 長浜市・浅井町・びわ町の3市町合併によって新しい長浜市が誕生し、2月13日で丸2年が経過しました。合併によって新長浜市の面積は、旧長浜市の3倍余になりました。そして、昨年5月11日のblog「長浜市が広くなる?」に書かせていただきましたが、琵琶湖の市町境界が確定し、長浜市の面積が更に広くなりました。平成19年9月28日に総務大臣告示があり、このたび国土地理院の帳面か何かに正式に登載されたそうです。
 皆さん、長浜市の面積は凡そ250kuです。ぜひとも覚えておいてください。

旧長浜市 約45ku
1市2町合併後 約150ku
琵琶湖を含めた現在の長浜市 247.01ku

February 19, 2008

雪と地域イメージ

 今年の盆梅展は、客足が鈍い。小生が分析した結果、要因は大きく2点ある。
 最初の要因は、原油高によるガソリン価格の高騰だ。バスの駐車台数は昨年より多いのだが、普通車はサッパリ。開幕前は駐車スペースの確保に腐心していたものの、至近距離の駐車場でさえも満車にならない有様。国民生活の懐具合と金銭感覚は、かなり冷え切っているようである。
 もう一つの要因は天気予報。つい一週間前までは天気予報で雪だるまマークが出ようと、長浜は雪と無縁の世界だった。しかし、実際にいくら天気が良かろうが、予報で雪だるまが表示されれば個人客はぴたっと止まってしまう。全国ネットの天気予報には、悔しいけれど、誰も勝てないのか。

 誰かが今回の雪を、「オオカミ少年みたいやなあ」と言った。雪の予報は外ればっかりだったので、今回も降るわけがないと高を括っていた。そうしたら、バレンタインデーから一転して意外にも降り積もった。昨日の午後1時現在、伊香郡余呉町中河内167cm、伊香郡西浅井沓掛100cm、伊香郡余呉町菅並・同町柳ヶ瀬89cm、伊香郡木之本町金居原73cmの積雪量である。長浜市街地はそれには到底及ばないが、米原市で78cmと聞かされると、米原駅の北にある長浜はもっと雪深いと思われてしまう。しかし、これにはからくりがあって、平成の市町村合併により伊吹山までもが米原市となったためで、新幹線米原駅に70cmを超える雪があるわけではない。だが、米原市78cmのイメージは大きい。
 冬の長浜観光に、雪は大いなる脅威である。

February 18, 2008

ビッグイベント

 参加ランナー32,000人、ボランティアスタッフ12,000人、出動警察官5,000人、そして観衆は226万人にのぼる一大イベント・東京マラソン。一級のイベントは違う、さすがは東京である。同じ土俵の勝負なら、田舎町の長浜では到底勝ち目がない。このイベントに接しての率直な感想である。
 あれだけ通行量が多い大都市の幹線道路を交通規制するのは、かなり大変だろう。ボトムアップでは道路管理者や警察・消防などの許認可組織の壁に阻まれるのは必至だ。カリスマ知事からトップダウンの指示がなければ成功しないだろう。そう考えると、支持するか否かは別にして、石原知事のリーダーシップは大したものである。
 あれだけ注目度が高いとスポンサー探しも楽だ。5km毎にスポーツドリンクが用意され、その紙コップは数十万個に達する。ゴール会場で配付されていたバナナ、みかん、お菓子、ペットボトルの水、消炎鎮痛剤、3万個のパンとオニギリは全てスポンサーからの無償提供なのだろう。さらに、簡易の足湯が設えられていたが、そこにも大きく企業名が掲げられていた。
 有名人も数多く、テレビ局のアナウンサーもわんさか。妻はにしおかすみこと抜きつ抜かれつだったそうだし、ミーハーな話だが小生は走りながら宮崎県知事と握手してしまった。
 地方都市、小都市の長浜は、東京と同じ土俵では戦えない。やはり知恵を出さねば勝てないことを、あらためて思い知った。

※田舎町のマラソンならいざ知らず、大都会の沿道の観客が、あれほど温かく接してくれるとは思わなかった。大きな声で応援し、チョコレート、おにぎりなどの食べ物や水を自分で用意して手渡してくれる。東京は人情が薄いなどとは真っ赤な嘘だ。今回の東京マラソンの観客には感謝感謝である。

February 15, 2008

バレンタインと雪

 昨日はバレンタインデーでしたが、全くもって遺憾なことに、誰も小生にchocolateをくれませんでした。その代わりと言ってはなんですが、沢山の雪をプレゼントしていただきました。伊吹山頂1377m地点に世界記録11m83cmの雪が積もったのは、昭和2年(1927)の2月14日。やはり、バレンタインと雪には深い因果関係があるのでしょうか。
 さて、今日も街中でハイヒールや普段靴の若い女性が、雪道と格闘されている様を幾度も見受けました。盆梅展は最盛期を迎えようとしていますが、明日からの土日も降雪が予想されます。長浜をお訪ねいただく皆様、履物と服装には十分に気をつけてください。

追伸 本日、一日遅れのチョコを頂戴しました。義理とはいえ嬉しゅうございます。Tさんありがとう。

February 14, 2008

郷土資料館

 北国街道の黒壁スクエアに、郷土資料館があるのをご存知でしょうか。黒壁7号館の古美術西川が経営される民間施設なのですが、チョット変わったものがあったりして興味深い施設です。
 何が展示されているかといいますと、例えば直径20cm程度のお皿。何でもないような古九谷の皿なのですが、テレビ「なんでも鑑定団」で1千万円の値段が付いた逸品です。小生が一押しなのは、長浜が誇る西川亮次作の木彫の鯉。鱗は本物と同じ数というだけあってかなり精巧です。その他にも秀吉の本物の書状、国友鉄砲鍛冶の臨川堂充昌の手による刀の鍔、櫛と簪の膨大なコレクションなど多彩です。体験コーナーでは、本物の火縄銃を手にできますし、近江商人さながらに天秤棒を担いだり、着物を着ることもできます。
 現在、この郷土資料館で「野風呂展」が行われています。野風呂は、屋外で入るお風呂ではありません。武家や商家などの裕福な人々が、旅行や遊山に携帯した野外用の茶道具のことです。長浜曳山まつりの山車の金工彫刻を手掛けた奥村菅次がつくった野風呂も展示されています。
 盆梅展期間中であれば盆梅パスポートをご利用いただくのがお得です。ぜひ一度ご観覧ください。

February 11, 2008

盆梅展は夜ごゆるりとU

チャーミングな22歳の女性を、ほんのちょっぴりご紹介します。
紅梅は400歳。こちらも、今が盛りと咲き誇る「不老」です。

DSCN0473.JPG

盆梅展は夜ごゆるりと

 長浜盆梅展はすっかり見頃を迎えています。推定樹齢400年の八重咲き紅梅「不老」は満開ですし、最大級「さざれ岩」も七分咲きです。
 2月9日から24日までは、開館時間を夜8時30分まで延長しています。夜は昼間とは違ってゆったりと見学できますし、ほのかな光に照らされた館内は幽玄な雰囲気に溢れています。今年の盆梅は、ぜひとも夜にゆっくりと鑑賞してみてはいかがでしょうか。

DSCN0466.JPG
館内の各所に黒壁ガラスのお雛様を展示しています。
モデルになっていただいたのは、とてもチャーミングな22歳。彼女に会いたい方は長浜盆梅展へ。

February 07, 2008

あせび展

 今週末2月9日の土曜日から大通寺あせび展が始まりますので、本日はその準備に行ってきました。搬入展示作業は毎年の恒例行事ですが、同じような顔ぶればかりで、高齢行事になりつつあります。
 さて、馬酔木はズラリと50余鉢。「雲浄」と名付けられた樹齢数百年の古木も健在です。開花状況はまだチラホラともいえない状況ですが、お得な長浜盆梅パスポートを使ってぜひご観覧ください。

馬酔木準備.JPG
市役所の若手職員が頑張っていました。彼にとっては仕事なのか、メタボ対策なのか・・・

馬酔木の作業中に、軍手をしたまま鐘を鳴らそうとする罰当たりを見つけました。
鐘.JPG
この大通寺附玄関の横にある梵鐘は、南北朝時代の貞治3年(1363)に造られ、若狭国遠敷郡富田郷内多田寺の銘があります。ということは、今話題のオバマのものだったようです。長浜にあるのは、秀吉さんが力ずくで持ってきたからとのこと。オバマの皆さん、怒らないでくださいね。

February 06, 2008

城崎U

 13年ぶり4回目の城崎訪問は、初めてJR利用だった。城崎温泉駅に降り立つと霙が降っていたが、駅には無料の傘が置いてある。どの宿にも子どもから大人まで各サイズの長靴が取り揃えてある。見習わなければならない優しい心遣いが、まちの随所に見受けられた。
 駅前には立派な外湯があり、無料の足湯では若いカップルが語らっている。無料の足湯は駅前以外にもある。ただ、最近は宿泊せずに昼間だけまちを散策し足湯を楽しむ客が多いと、夕食をともにした元町長さんが嘆いておられた。

 今朝、城崎のまちを走った。文学碑巡りである。温泉寺の石段を登って息が切れ、凍り付いた下りのスロープでは2度もスッテンコロリンと尻餅をついてしまった。そこから少し足を伸ばし、志賀直哉の「城崎にて」に登場する桑の木を見に行った。そういえばこの小説にフェータルという言葉が出てくる。前回のblogでコメントいただい明治節さんは相当な文学好きなのだろうと感心するばかりである。

February 05, 2008

城崎へ行ってきます

昨日は立春。でも、本当の春はまだまだ先でしょう。

今日と明日は城崎へ行ってきます。
もちろん温泉入ってカニ食べて・・・
羨ましいでしょう。

February 01, 2008

高山七蔵翁

 今日から2月、盆梅もすっかり見頃を迎えています。この長浜盆梅展は昭和27年(1952)に始まり今回で57回目。近頃は「長浜だけに甘い汁を吸わせるのは勿体ない」とばかり、近隣市町はもとより大阪や奈良でも盆梅展が開催されています。今回は長浜盆梅展が始まった切っ掛けを簡単にご紹介します。

 長浜盆梅の生みの親は、東浅井郡上草野村高山(現長浜市高山町)の高山七蔵さんです。村長も務められた高山さんは、野山から梅の古木を集め、盆梅に育て上げて楽しんでおられました。特に戦中戦後の厳しい時代は、自分の衣食を割いても、ひたすら梅に愛情を注いで育てておられたのです。
 高山さんの盆梅は口伝てに有名になり、都会のデパートから「ぜひ売ってほしい」と幾度もラブコールがあったようです。そんな中、当時の長浜市長が「戦後の荒廃から抜け切れず疲弊している人たちに、安らぎと感動を与えたい。ぜひお譲りいただきたい」と哀願しました。高山さんはその熱意に打たれ、商売本意で客寄せのために札束を積む都会のデパートには売らず、長浜市に無償で寄付されたのです。

 寄付していただいたのは、昭和26年(1951)の暮れのこと。第1回の盆梅展は、翌昭和27年に開催しました。それから半世紀余り。長浜盆梅展は、名実ともに日本一の盆梅展として賑わっています。でも、長浜市民でも高山さんの功績をご存知ない方が多いのではないでしょうか。
 そこで提案です。長浜盆梅の生みの親として高山さんを顕彰すべきです。ぜひ、高山七蔵さんを名誉市民に推挙しようではありませんか。皆々様ご賛同ください。よろしくお願いします。