小谷城址へ
上映中の「茶々 天涯の貴妃」に主演の和央ようかさん、なかなか素敵だ。役柄の茶々が小谷生まれなのは皆さんご存じの通りなのだが、完全オフの今朝は少しばかり足を伸ばして茶々の生地である小谷城址(といっても麓までだが)へ走ってきた。
往路はノーマルな最短距離コース。六瓢箪巡り神照寺の東を通って鉄砲の里国友を横切り、浅井朝倉連合軍と織田徳川連合軍が雌雄を決した姉川を渡る。川の対岸の虎姫町宮部は、秀吉の信頼厚く鳥取城主でも宮部継潤の出身地。宮部を抜けると左手に、天台宗中興の祖として知られる元三大師の生誕地である玉泉寺の甍が聳える。この辺りまで来ると小谷山が眼前に迫ってくる。長浜市西野町、湖北町伊部を通り、1時間弱で小谷山の麓に到着。トイレ休憩の後、すぐさま帰路に。
復路は、北国脇往還伊部宿の本陣前を通り、酒豪Sさんの顔を思い浮かべて長浜市山ノ前町へ寄り道。屋根が極度に急勾配の真宗寺院にお参りしたが、山号の脇坂山はどう読むのだろうか。ここから、信長に敵対した一向一揆衆の中心寺院だった称名寺のある尊勝寺町、イケメン恐妻家N君の住む尊野町をすり抜けて湯次町の湯次神社へ。以前湯次町には2種の苗字しか存在せず、湯次神社の近くが宮元で、遠くが宮崎だとか。そんな話を思い出しながらお宮さんから遠い友人宅を訪ねたが、犬は鳴けど何の応答もなく、未だ就寝中の様子であった。なお、湯次はユスキと読み、湯次神社は湯次町と大路町の2ケ所にあるが、延喜式の式内社が何れかは定かではない。話を元へ戻すと、湯次町から宮部町、キヤノンの工場横を通って姉川を渡れば再び国友町。この町内では知り合いに二人も出会い、ともに新年の挨拶を交わした。このあと、泉町の看板屋さん前を冷やかし半分で通ったが、残念ながら野次る相手は見えなかった。このあたりで、かなり脚が重くなってきた。これ以上の寄り道は諦め、神照運動公園の外周を一周して帰宅。2時間13分54秒。ゆっくりとしたペースだったので息が上がることはなかったが、久々に2時間以上走ることができた。
今朝のコースには多少マニアックな感があるが魅力溢れる旧跡が幾多あり、丁寧に観光案内すれば相当の時間を要するであろう。あらためて湖北の奥深さと魅力を思い知らされた。
なお、2月に東京マラソンを走るので、これから長距離練習をこなさなければならない。1km6分程度の会話できるペースで3時間か4時間走を同伴していただける方、是非ともご連絡いただきたい。
