新装開店 吉野かYoshinoか?
大手門通りの「めんるい吉野」が建て替えられ、12月16日に新装オープンしましたが、新しいお店はなんと1軒の中に3店舗があるのです。
それはと申しますと、朝から夕刻まで営業されている「Yoshino CAFE」、昼食時間帯だけの「うどん・そば吉野」、夜のみの「旬彩dining YOSHINO」といった具合です。
外観はゴロッとかわり、建物内はメチャクチャ明るくなりました。どなたか、小生とご一緒下さいませ。
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大手門通りの「めんるい吉野」が建て替えられ、12月16日に新装オープンしましたが、新しいお店はなんと1軒の中に3店舗があるのです。
それはと申しますと、朝から夕刻まで営業されている「Yoshino CAFE」、昼食時間帯だけの「うどん・そば吉野」、夜のみの「旬彩dining YOSHINO」といった具合です。
外観はゴロッとかわり、建物内はメチャクチャ明るくなりました。どなたか、小生とご一緒下さいませ。
清水寺貫首に負けじと、我が職場の皆さんに自身の一年を漢字一文字で表現していただきました。
NMさん=暖 気配りが行き届いたお方は「暖かな雰囲気の中で仕事ができました」とのことです。
KKさん=求 勉強熱心で向上心の強いお方らしい一文字。呉々もお菓子は求め過ぎないように。
TYさん=思 この女史には密かに思う人がいらっしゃるのでしょうか。まさか小生では・・・。
NMさん=謝 感謝の意でしょうか、それとも謝罪でしょうか。何れにせよ、罪多き一年だそうです。
YAさん=和 夜のアヤしい遊びが好きなお方ですので、今夜も「名古屋か」と言われませんように。
ATさん=連 夫婦間の危機管理意識が高まり、いつまでも連れ添って下さいと妻への懇願?
TEさん=楽 喰うあれば楽あり。食事が一番の楽しみのお方です。歓楽街も大好きだそうですよ。
TTさん=信 福田総理と同じ字を選ばれた最長老さん。信じられない、信じたい、信じて、どっち?
NKさん=減 体重を減らし、煙草を減らし、頭髪をも減らした一年。酒量は減らなかったようです。
HNさん=眠 すぐ目が覚めてしまうのでぐっすり眠りたいとのことです。永眠までは間がありますよ。
IMさん=賑 4月から向かい側に座った二人がとても賑やかで。本心は、騒がしい、五月蝿い・・・。
YTさん=変 変身願望? 変なお方とは思っていましたが、やっと自分自身に気付かれたようです。
MYさん=贈 結婚・出産お祝いを贈る機会が多かったお嬢様。贈られる身になるのは何年先?
OYさん=節 体の節々が痛くなる年齢を迎えられたようです。更なる節制が必要と言うことでしょうか。
YYさん=病 1歳のお子様が病で大変だとか。元職のご本人は病的に精力旺盛なんですがね。
十人十色、人生色々です。今年の漢字一文字は、小生の予想通り圧倒的大多数の支持により「偽」に決まりましたが、来年は嘘偽りや欺くことない真面目な一年を過ごしたいと自省しています。
テレビで高校駅伝を見てびっくりした。滋賀県の女子は、一区から大きく水をあけられて47位。1都1道2府43県の各代表が出ているから最下位である。その後の選手が健闘したものの46位に沈んだ。
優勝はダントツで京都。でも、半分以上は滋賀県の中学出身選手である。花登筺の小説「鮎のうた」にある通り、琵琶湖の鮎は県外の河川に放流されて初めて大きく育つが、滋賀県の有力選手も県外へ出なければ大きく飛躍できないのだろうか。そう考えると「かわいい子には旅をさせよ」ではないが、将来ある若者は新しく広い世界で目一杯羽ばたいてもらいたいものだ。ただし、大学生の愚息は育つどころか、何をしているのかもわからず音信不通。返事のないのは良い便り、と思うべきなのだろうか。
なお、区間賞を取り優勝の立役者となったスーパー1年生は、この春まで小生のホームグラウンドで毎日のように挨拶を交わした女の子だ。正月に雪が何十センチも積もっている中を長靴で走っていた姿を鮮明に覚えている。一歩一歩の積み重ね、努力があって花開くことをあらためて思い知らされた。
一流選手に比ぶべくもないが、今年一年は小生自身もまあまあ距離をこなせたと思っている。野口みづき選手の言葉通り、走った距離は裏切らない。来年も地道に一歩一歩ずつ走り続けたい。
日記を読み返してみますと、仕事での出張は31日間です。ただし、東京が13日、京都が7日含まれていますので、さほど旅しない一年でした。訪ねた先は、鹿児島県種子島、愛媛県西条市・内子町、香川県丸亀市、愛知県大府市、三重県伊勢市など。種子島は18年振り2回目、伊勢は9年前に行きましたが二見浦は小学校の修学旅行以来で36年振り。西条・内子・丸亀と大府は初訪問でした。
プライベートで県外へ出たのは11日間。ただ、愚息の大学入学に関したマンション探しや引っ越しなどの5日間が含まれていますので、実質は僅かに6日間。町内旅行の金刀比羅宮・倉敷、職場の慰安旅行の松山・高松、三男坊サービスの長島スパーランド、そして狩野永徳展を主目的にした京都というお粗末さです。ただ、今までは縁の薄かった四国へ3回も行くことになろうとは、思ってもみませんでした。
なお、明日は神戸へ行きます。天空都市マチュピチュへ行きたいと思っているのですが、当分は叶いそうもありませんのでますので、神戸市立博物館の「インカ・マヤ・アステカ展」で我慢しようということになりました。妻を誘ったのですが、「実際の旅行なら行きたいけれど、博物館なら遠慮する」とのこと。ひとり寂しく行ってまいります。
ことし一年、皆さんはどのような旅をされたでしょうか。長浜をお訪ねいただいた皆さん、本当にありがとうございます。そして、来年も是非とも長浜をお訪ねくださいませ。
表題の「観光編」と打ちたくてパソコンのキーボードを叩いたら、「肝硬変」と変換されてしまいました。酒の飲み過ぎに注意と言うことでしょうか。
本題ですが、今年一番の出来事は、4月の長浜曳山まつりで長浜八幡宮に12山が勢揃いしたことでしょうか。何しろ90年振りでしたので、勢揃いを目にしたのは多分誰もが初めてのことがったと思います。
一番物々しかったのは6月2日の土曜日。現職総理大臣の安倍さんが、黒壁スクエアや曳山博物館などの長浜市街地を視察されました。なお、小生のお役目は駐車場の立ち番でした。
宿泊施設は、紗蔵とホテルルートインが新たに立地。逆に、来夏のグリーンホテルYes長浜3番館港町店オープンを控え、グリーンホテルよしのや、ビジネスホテルツルミの2施設が閉館しました。また、黒壁ガラス館本館の外壁が修繕されましたし、大通寺太鼓楼の修復工事が始まりました。6月からは、JR系列の駅レンタカーが長浜駅西口で営業を開始されました。
2月には、首都圏からの観光客誘致を目的に、長浜・彦根・近江八幡の3市観光協会による「びわ湖城下町観光協議会」を結成。5月には浅井・びわ・長浜の3観光協会が統合し、新たに社団法人長浜観光協会としてスタートしました。
今年は静かな年だったような気がしますが、思い返してみると色んなことがありました。
昨日、浅井ふれあいの里・プラザふくらの森へ浅井盆梅展の準備作業に行ってきました。浅井の盆梅は長浜慶雲館に比べると全体的に小振りですが、盆栽として格好の良い幹が幾つもあります。会期は長浜と同じで1月10日から3月10日まで。ぜひお訪ねください。
上の写真は、浅井盆梅展会場の入口。梅もモデルさんも、実に堂々とドッシリとしています。
先週、長浜盆梅展の展示作業を行いました。
今週は、長浜市内のもう一つの盆梅展である「浅井盆梅展」の展示作業です。
今から「浅井ふれあいの里プラザふくらの森」へ行ってきます。
来年2月9日の土曜日に、琵琶湖畔の長浜文化芸術会館で「びわ湖畔長浜竹生島能」が行われます。能楽観世流宗家の弟さんが今年2月に12世山階彌右衛門を襲名し、200年振りに彌右衛門の名を復活させた襲名記念公演です。では、なぜ長浜で公演されるのか、皆さんはご存知でしょうか。
現在の能狂言の源流に猿楽がありますが、南北朝から室町時代にかけては、近江猿楽と大和猿楽が競いあって活動していました。近江には上三座と下三座と呼ばれる6座があり、上三座の山階座と下坂座は現在の長浜市山階町と長浜市下坂中町を拠点とする芸能プロダクションだったのです。そして、山階座こそが今回襲名された山階家のルーツとされているのです。
今回は山階家の里帰り襲名公演。そして、長浜の地に因んで、狂言は竹生島詣、能は竹生島が披露されます。長浜盆梅展は見頃を迎え、鴨は脂がのった美味しい季節になります。長浜へ身も心も贅沢な旅をしてみてはいかがでしょうか。チケット販売は始まったばかりですが、お早めにお求めください。
明日は、赤穂47士による討ち入りの日。このお話は忠臣蔵として有名で、日本人が大好きなテーマです。長浜でも、曳山まつり子ども歌舞伎で一力茶屋の場などが毎年のように演じられています。
ところで、皆さんは赤穂と長浜の関係をご存知でしょうか。はっきり言って特別の関係はないのですが、結びつけるモノがあります。それは鉄道です、JRです。京阪神地区の大動脈は、琵琶湖線・京都線・神戸線ですが、長浜−赤穂間の列車が何本も走っているのです。
ですから、赤穂に行った方が長浜行き新快速に乗れば、始発駅から終点まで乗り換えることなくタップリと電車旅を満喫できるのです。ただ今「青春18きっぷ」の利用期間でもあります。赤穂をお訪ねのお方は、長浜へも是非お訪ねください。
なお、長浜市に堀部町という地名がありますが、堀部安兵衛の堀部家の出身地だと聞いたことがあります。ただし、真偽の程は分かりませんので、情報をお持ちのお方は宜しくお願いします。
井伊直弼と大通寺の件ですが、長浜城歴史博物館のH学芸員に懇切丁寧にお教えいただきました。
井伊家14男の直弼は、城主になれるわけでもなく養子先も見つからず、埋木舎(うもれぎのや)と名付けた住居で悶々たる日々を過ごしていました。一方、大通寺の住職である厳如上人は、兄の死によって本山の東本願寺法主を継ぐことになりました。このため大通寺は、後釜の住職を見つけなければならず、以前より親交のあった井伊家に対し、直弼の住職就任をお願いしました。しかし、井伊家では次の藩主候補が病気がちで子もいないことから、万が一の場合に備えて直弼をキープしておきたかったので、この話を断ってしまいました。このため、直弼としては折角のチャンスだったにもかかわらず、大通寺の住職になれなかったという訳です。
直弼の手紙は、大通寺の世話役をしていたお寺に宛てて、親切にしていただいたお礼と、自分の残念な気持ちを伝えたものです。原文は以下の通りです。
先達より段々其方達之深切、誠以観入候、且不浅心配ヲ懸、呉々茂気之毒存入候得共、何分一条不調ニ付、此方ニ無構御坊所御為可然様取計専一存入候、今分ニ而者、何分力ニ不及候得共、追而時世茂相替り候ハゝ、今度之因縁茂有之事故、傍以御坊所之御義者、急度存寄有之候間、左様承知可給候、我等茂実以此度之一条、残念至極存入候もの也 弘化二年六月 柳王舎主人
師走も半ばに入り、小生には毎年恒例の力仕事週間。明日12月10日から、長浜盆梅展の展示作業が始まるのです。直径1mの植木鉢に植えられた盆梅の重さは数百kgにもなります。これを手作業で運ぶのですから、かなり重労働です。腰に力を入れないと、腕力だけでは持てません。という訳で、またまた接骨院通いになりそうです。(これって私費ですが、労災のような気がしますけどねぇ)
なお、盆梅の一本一本の枝は大切な宝物ですから、盆梅を運ぶときには細心の注意が必要です。細やかな気遣いができて、丁寧慎重に行動し、なおかつ力自慢、腰自慢のお方はいらっしゃいませんか。ぜひとも、お手伝いをお願いします。
今日が何の日か、66年前に何があったのか、新聞もテレビも殆ど取り上げられてもいません。以前はもう少し話題になったような気がするのですが・・・。社会の思惑が読めません。
日本は平和です。長浜も小生の周辺も平和です。平和じゃなければ、観光旅行なんていう話は成り立ちませんから。平和な時代であることは、本当にありがたいことです。
今春の話だが、滋賀県出身だというので幸田真音さんの小説を図書館でどっさりと借りて読んだ。ヘッジファンド、日銀券、投資アドバイザー有利子、タックス・シェルター・・・。米国系銀行や証券会社に勤務された経験から、金融関係を題材にした小説が多い。現代小説なるジャンルは普段は滅多に読まないのだが、すらすらと楽しく読ませていただいた。
そんな折、市役所企業立地推進課のT君から「この本も面白いよ」と、幸田さんの歴史小説『あきんど絹屋半兵衛』をお借りした。幕末に彦根で湖東焼を創始した商人が主人公で、藩主・井伊直弼もからめた話である。金融モノと同じ作者とは思えないタッチだったが、ドラマになりそうな面白い内容だった。
湖東焼といえば、明治初期に長浜にも湖東焼があったことを知る人は意外に少ない。漢方医でもあった西村杏屋(きょうおく)によって焼かれた長浜湖東焼(長浜焼とも呼ばれた)である。長浜焼・湖東焼は黒壁スクエアの郷土資料館で見ることができる。また、下郷共済会のコレクションは、現物は長浜城歴史博物館で展示される以外には見学はかなわないかもしれないが、写真であれば鐘秀館で見ることができる。
明日12月8日から長浜城歴史博物館で「井伊直弼と湖東焼の盛衰」と題した企画展が行われる。会期は新春1月20日まで。寒い時期で外に出るのも億劫だが、この機会に是非ともご見学いただきたい。
小生の仕事上のパートナーであるY君が、4日の火曜日から休んでいます。小生もまた、昨日は休ませていただきました。ともにインフルエンザではなかったのですが、熱と喉の腫れなど同じ症状です。
皆さん、呉々もご注意を。
松山を後にした一行は一路高松を目指しました。
高松市には、丁度お昼時間に到着。中心商店街を見学するとあって自由解散となりましたが、小生は大食漢で夙に名高いTさんと一緒に行動する羽目に陥りました。Tさんは事前学習している様子で、地図を片手に「アノ店が旨そうだ、ここは安い」と讃岐うどんの情報をつらつらと披露されます。確かに世間では大食いやメガ○○が流行っていますが、まさかこの渦に巻き込まれるとは。結局小生はTさんに連れられ3軒のうどん店をハシゴし、「かけ」、「ざる」、「ぶっかけ」の合計3杯を食してしまいました。因みに、Tさんは小生の倍以上も食べておられましたので、皆さんにご報告申し上げます。
見事な食べっぷりのTさん
高松は松山に次ぐ四国第2の都市だそうで、商店街はそこそこに賑わっていました。たかがうどんですが、Tさんのようなお方が世間には多いのでしょうか、名物の経済効果はかなり大きいようでした。
ただ、高松は時間も短かったし、栗林公園を車窓から眺めただけで、観光地と思しき場所は何処も訪ねられませんでした。四国を訪ねる機会は少ないだけに、チョット残念でした。
11月25日と26日に愛媛県内子町・西条市と香川県丸亀市に出張してきたばかりですが、12月1日と2日の土日に1泊2日の行程でまたもや四国へ行ってきました。今回は、年に一度の職場旅行です。
12月1日の朝8時に長浜を出発。トイレ休憩と昼食を挟むものの、ライオンマークの貸切バスは高速道路をひた走り、午後3時過ぎに松山市に到着。今春オープンしたばかりの「坂の上の雲ミュージアム」をじっくりと見学しました。この後、ホテルのチェックインも早々に済ませ、ホテル隣接の道後温泉本館へ。旅の疲れを癒しつつ、体内のアルコール分をスッキリと蒸発させました。6時頃からは道後温泉の観光客向き商店街を見学し、こぢんまりとした家庭的なお店で夕食。温泉街だけに朝早くから夜遅くまでお店が開き、かなりの賑わいに感心してしまいました。ただ、どこかと同じで千円均一店や煎餅店など全国共通金太郎飴ショップが多いのには閉口してしまいました。商店街を抜けた先には、赤い灯青い灯が煌めく一帯があることを確認しましたが、仕事一筋で真面目を絵に描いた小生たち一行のことですから、そのようなところへ足を踏み入れるなんて、誰も考えないですよね・・・。兎に角、愛媛県観光協会長さんが「松山の知名度は低いが道後は高い」と仰る通り、道後温泉は多くの観光客で賑やかでした。
坂の上の雲ミュージアム
翌日の早朝は、松山城からJR松山駅前などを見学。地理感や距離感がないことと時計を携帯しなかったこともあって、日課は1時間半を超えてしまいました。でも松山は良いまちです。小生好みのまちです。すれ違う多くの方が声をかけ、親切に道を教えてくださいました。9時からは全体行動で再度の登城ですが、ケーブルカーでの往復と楽をさせていただきました。松山城は、賤ヶ岳七本槍の加藤嘉明が築城し、別名は金亀城(きんきじょう)。彦根は金亀城(こんきじょう)ですので、間違いそうです。
松山や秋より高き天守閣(子規)
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