長浜と尾崎紅葉と吉川三左衛門と十人衆と安藤家・・・
8月28日のblog「こんぴらまいり」で金色夜叉について記しましたが、著者の尾崎紅葉が長浜にゆかりのあることがわかりました。というのも、紅葉の母親は庸(よう)という名前なのですが、吉川三左衛門の孫娘なのだそうです。
吉川家は代々三左衛門を名乗り、十人衆の筆頭として江戸期を通じて活躍しました。吉川家は北国街道沿いの舟町に居を構えていましたが、長浜宿の本陣を兼ねていましたので、大名の参勤交代の宿にもなっています。今の長浜幼稚園がその場所ですから、一般的な家と比べたらかなり広くて立派だったことが窺い知れるでしょう。
長浜に築城した秀吉は城下を49町10組に分け、組を代表する町年寄役を選びました。これが十人衆で、本町の宮部、西村、下村、田辺、呉服町の安藤、大手町の樋口、大依、川崎、魚屋町の今村、舟町の吉川家の10人です。十人衆の制度は江戸期を通じて機能し、長浜は明治維新に至るまで十人衆の合議制による自治都市として発展してきた歴史があります。
なお、呉服町の安藤とは、今の北国街道安藤家のことです。安藤家の離れ座敷「小蘭亭」は北大路魯山人の手による芸術の宝庫ですが、11月16日から25日までの10日間特別公開します。
