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姉川合戦の史跡巡り

 姉川の合戦再見実行委員会が組織され、合戦の史跡を整備して売り出そうと活動が始まった。11月の5日には、観光ガイドを養成する講習会なるものが行われ、小生も参加してきた。
 姉川合戦は元亀元年(1570)6月28日に、長浜市の姉川を挟んで織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激突した戦である。今も合戦場所となった長浜市三田町や野村町などには多くの史跡が残っているので、説明を受けながら巡ってみるとかなり面白い。講談師見てきたように嘘を言い、などと記すと講談師にもガイドさんにもお叱りを受けるが、ガイドさんの名調子は興味を抱かせ、旅の楽しさを倍増させてくれる。ぜひとも、名ガイドさんが増えることを期待したい。

三田村城址.JPG
三田町にある国史跡・三田村氏館跡は、周囲に2mから3mの高さの土塁が残っている。
三田村氏は浅井家の家臣で、館は姉川合戦では朝倉景健の本陣として使われたという。

士の墓.JPG
三田町にある七十士の墓。姉川合戦で亡くなった人々が葬られているが、無造作に五輪塔や宝篋印塔が並び、今後の整備が望まれる。小字名は七十酋で、中世以前は酒造りの場所だったとも伝わる。

血川.JPG
野村橋の北にある小川は、両軍の死者の血で赤く染まったところから血川と名付けられた。
しかし、圃場整備により川は姿を消し、土管のみが名残を留めている。

岡山のお宮さん.JPG
東上坂町の岡山。徳川家康が陣を敷き、戦に勝ったところから勝山とも呼ばれている。
写真右は樹齢1300年といわれる杉だが、両軍の矢により枝が折れて上部が枯れたと伝わっている。

遠藤直経墓.JPG
浅井氏の重臣・遠藤喜右衛門直経の墓。直経は配色濃くなると敵軍に偽装して陣中深く忍び込んで信長の命を狙ったが、竹中半兵衛の弟・重矩に見破られてこの地で討ち死にしたという。

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