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舎那院

 長浜八幡宮の東隣に芙蓉の寺として知られる舎那院がある。正式には勝軍山新放生寺舎那院と言い、弘法大師空海の開基と伝わる真言宗豊山派の古刹だ。本尊の愛染明王像や阿弥陀如来像は重要文化財に指定され、豊臣秀吉が家族の息災を祈願した懸け仏が残っているなど多くの宝物を有す。

舎那院本堂.JPG 扉.JPG
左は本堂の西側で、右はそのアップ。この扉は、旧国会議事堂から貰い受けた。

芙蓉が咲き始めた。舎那院の境内は白色が少なく、ピンク色が多い。
8月下旬には酔芙蓉も咲き始める。酔芙蓉の花は、朝は白いが時間の経過と共に赤味を帯びる種類で、酒に酔って顔色が赤くことに準えて名付けられている。
芙蓉.JPG 二福亭.JPG
写真右は本堂裏。手打ちうどんの二福亭は、長男二男とも中学時代に就労体験でお世話になった。だからという訳ではないが、この店はお薦め。熱い味噌煮込みうどんを食べながらビールを呷る、最高!!

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コメント

 芙蓉はハイビスカスなどと同じアオイ科の植物ですよね。
「アオイ」って何だかとてもいいですね。ちなみに6月の下旬、我が家にも「葵」と言う名前の女の子が誕生しました!

明治節さん、お嬢さん誕生おめでとうございます。
アオイと言えばアオイソラ。蒼井そらさんみたいに世の男を魅惑するオンナになるのかな。
ちなみに芙蓉は美人の喩え。明治節さんもご家庭で不要、不用と言われないようにしてね。

×蒼井そら
○蒼井 優
の間違いであったと信じております。ちなみに家庭で不要、不用と言われても、扶養する家族ができたのでこれからも頑張ります。

源氏物語によれば、葵といえば光源氏の奥様。さぞかし明治節さんのお嬢様もお綺麗なことと推察申し上げます。
私は、葵といったら水戸肛門いや水戸黄門でお馴染みの家紋を思い出します。ところで、徳川家康から葵紋の使用を許された刀工の康継って長浜の方なのですか? ご存知ならばお教え下さい。

福井県史に『福井藩の刀工初代康継は、通称を市左衛門といい、近江坂田郡下坂村の鍛冶大宮市左衛門兼当の孫で後に姓を下坂と改めている。諸国を遊歴して技を磨き、天正年間(一五七三〜九二)に越前に定住している。初め一乗谷に住し、次いで北庄に移り結城秀康の知遇を受けることになった。やがてその作刀が秀康の父徳川家康の目にとまり台命で江戸に召致された。以後康継は江戸・北庄間を往復している。康継は刀銘に「肥後大掾藤原下坂」と切っていたが、家康の庇護を受けるに至り葵紋と「康」の一字使用を許され、「越前康継」を刀銘としている。康継の刀は南蛮鉄を使い、作風には家康好みの渋さがみられる。』とありますので、間違いないと思われます。

 陽さんから専門的なご質問を頂戴しましたので、小生も調べさせていただきました。翁恵さんがお書きになった通り、康継は現在の長浜市下坂中町の刀工です。
 詳しくは、近江刀工の研究(岡田孝夫氏著、サンライズ出版)に記載されていますので、ご一読をおすすめします。

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