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8月25日

 天智天皇の死後、弟・大海人皇子と子・大友皇子が争いました。世にいう「壬申の乱」です。この戦いで敗れた大友皇子は、7月23日に自ら命を絶ちました。
 日本書紀によりますと、その一ヶ月後の672年8月25日に「右大臣中臣連金を浅井の田根に斬る」と記されています。中臣金は藤原鎌足の従兄弟で、鎌足死後は氏族の中心的存在として重用され、右大臣に任じられた超大物。そして、「浅井の田根」は長浜市の田根地区のことなのです。田根の長浜市池奥町には「蘇我氏に敗れた物部守屋が隠れ住んだ」と伝わる岩窟があったり、びわ地区には「藤原不比等の別荘」といわれる地があったり・・・。遠い昔の飛鳥時代ですが、長浜にもゆかりのお話がいっぱいあるもんですね。

 なお、「発展より発酵、やわたイースト」、「昔がそのまんま東村」では、毎年8月25日に天満宮の秋祭りが行われます。新暦と旧暦の関係でチョット変なのですが、夜には町内の住民こぞって納涼祭です。焼き鳥やフランクフルト、かき氷、ビールの屋台が出たり、ビンゴゲームなど賑やかな田舎まつりです。本来は住民を対象にしていますが、今年は土曜日にあたりますので、興味ある方はお越しください。
 翁恵さん、お待ちしていますよ。

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コメント

 長浜市八島町は、現在は湯田学区ですが、ちょっと前までは田根地区でした。壬申の乱の頃、八島には巨大なお寺があり、権力を誇っていたと聞きます。もしかしたら中臣金が斬られた場所は、このお寺だったかもしれませんね。
 そう言えば八島には寺が2つあり、廃寺跡に近いほうの住職さんの苗字は、中臣氏(藤原氏)に関係のある名だったような…

明治節さん、ゼンリンの住宅地図で調べましたよ。八島町のお寺は、八島さんと鎌足さんなんですね。へ〜ですね。

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