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August 31, 2007

神照寺萩祭り

8月も今日で終わり。めっきり涼しくなってきました。
明日から9月、秋です。秋の七草は「おすきなふくは」と覚えるそうです。

お 女郎花(おみなえし)
す 薄(すすき)
き 桔梗(ききょう)
な 撫子(なでしこ)
ふ 藤袴(ふじばかま)
く 葛(くず)
は 萩(はぎ)

 さて、9月7日から25日まで長浜市新庄寺町の神照寺で「萩祭り」が行われます。
 長浜市の北に、虎姫の名の基になっている虎御前山があります。この山は中野山とも八相山とも呼びますが、室町時代の初期に室町幕府初代将軍の足利尊氏と弟の足利直義が戦った場所でもあります。この「八相山の戦い」の後、尊氏と直義は和議を結ぶのですが、その場所が神照寺であり、萩はその時に植えられたのが最初と伝えられています。歴史を偲びながら、秋の風情を楽しんでみてください。
 なお、清和源氏の名門である足利氏は、源義家の孫である『義康』が初代です。

August 30, 2007

何かな?

写真をご覧いただいて、何かおわかりでしょうか。

アメチャン.JPG

 答えは、アメチャンです。なぜか「飴」と言うより「アメチャン」と呼んでしまいます。
 呼び方はさておき、「長浜」の文字が入っています。盆梅展にちなんで梅味です。大都市圏の観光PR展などでのプレゼント用です。
 味見したい方は小生の事務所まで。先着30名様に無料プレゼントします。

August 29, 2007

健康診断

 昨日、健康診断を受けた。尿検査に始まり、身長・体重・視力・血圧の測定、血液検査に聴力検査、問診、体脂肪と腹囲の測定、心電図、そして最後はレントゲンと続く。
 問診では、典型的メタボ体型のお医者さんから「バランスのとれた体型ですね。スポーツは何をされているのですか」と声を掛けられた。こんなことは初めてで、チョッピリ嬉しい気分になった。ただし、問診の次の体脂肪測定では、目標値よりも悪くて少々ガッカリしてしまった。
 とにかく健康が一番。検査結果で問題がないことを祈るばかりだ。

August 28, 2007

こんぴらまいり

 熱海帰りの知人から、「お宮の松」と名付けられたお菓子を土産に貰いました。そこで小生、金色夜叉の一節「来年の今月今夜になったならば僕の涙で必ず月は曇らして見せるから・・・」と語れど、相手の若い女性は「ワカンナ〜イ」のひとこと。
 金毘羅船々追風に帆かけてシュラシュシュシュ(こんぴらふねふねおいてにほかけてしゅらしゅしゅしゅ)・・・。金毘羅さんの参拝客をもてなすためのお座敷歌を歌っても「シラナ〜イ」し、金毘羅さんといっても「ナニソレ」といった返事。

 文学や歴史・地理に関して現代人はかなり弱くなっているらしく、旅の行き先も随分と様変わりしています。でも、7月に近所のオッチャン連中と訪れた金毘羅さんには、結構多くの参拝客がいらっしゃいました。特に若い女性の姿が目立ったのですが、彼女たちにとっては祈りの場というよりも、長い石段のチャレンジ・征服欲・健康志向からなのかと思った次第です。
 そういう小生は、早朝ジョギングでお参りし、朝食後に旅仲間とまた登り、1日に2回も奥社へ詣でました。きっときっと、タップリとご利益があると思っています。

August 25, 2007

8月25日

 天智天皇の死後、弟・大海人皇子と子・大友皇子が争いました。世にいう「壬申の乱」です。この戦いで敗れた大友皇子は、7月23日に自ら命を絶ちました。
 日本書紀によりますと、その一ヶ月後の672年8月25日に「右大臣中臣連金を浅井の田根に斬る」と記されています。中臣金は藤原鎌足の従兄弟で、鎌足死後は氏族の中心的存在として重用され、右大臣に任じられた超大物。そして、「浅井の田根」は長浜市の田根地区のことなのです。田根の長浜市池奥町には「蘇我氏に敗れた物部守屋が隠れ住んだ」と伝わる岩窟があったり、びわ地区には「藤原不比等の別荘」といわれる地があったり・・・。遠い昔の飛鳥時代ですが、長浜にもゆかりのお話がいっぱいあるもんですね。

 なお、「発展より発酵、やわたイースト」、「昔がそのまんま東村」では、毎年8月25日に天満宮の秋祭りが行われます。新暦と旧暦の関係でチョット変なのですが、夜には町内の住民こぞって納涼祭です。焼き鳥やフランクフルト、かき氷、ビールの屋台が出たり、ビンゴゲームなど賑やかな田舎まつりです。本来は住民を対象にしていますが、今年は土曜日にあたりますので、興味ある方はお越しください。
 翁恵さん、お待ちしていますよ。

August 23, 2007

組体操仲間

 長浜市役所に手作りポスターが貼ってあった。
 一段目に男4人、二段目に男3人、三段目に男二人、そして最上段には笑顔の素敵な女性がひとり。10人の組体操写真と「熱血魂、ここに集まれ」のコピーがドーンと配され、サブタイトルは「組体操仲間大募集!」。よ〜く見れば、長浜市職員の募集ポスターである。(募集は昨日で終了)

※人間ピラミッドを正面からよ〜く見れば、三角形ですので4人の辺が3辺あり、どの辺にも属していない人が一人います。今回のポスターでこの中心にいるのは誰かと見れば、京都に生まれ育ち、大学院を出た頭脳明晰成績優秀明朗快活素直快闊謙虚清廉濃髭なお方。彼のような生きのよい若者よ、次代の長浜を頼みます!!

August 22, 2007

地蔵盆です

 お地蔵さんは子どもの守り仏であり、地蔵盆も子どもの行事です。小生の住む地域では子どもが生まれると、名前を書いたノボリ旗(概ね男は白色、女は赤色)を家の前に飾ります。
 今日のお昼頃、子ども会の役員さんから「様々な事件が発生しているのでノボリ旗を掲げるのは自粛しようという声があがっている」と電話がありました。確かに旗を見れば、子どもの有無や氏名・性別が誰にでも判別できますので、誘拐などの事件に悪用される可能性はあります。でもねえ、そこまで考えたら何も出来ないでしょう。考え過ぎじゃありません?

 とにかく、今日から小学生が町内各家を訪ねてお供えを集めています。明日の夜はお地蔵さんにお参りし、映画や肝試しに興じたあとは会議所で夜を明かします。明後日は早朝のラジオ体操に始まって、朝食、宝さがし、お供え物のお下がりを貰うまで遊びたい放題です。こんな子どもの楽しみが制限される時代になってしまうのかなあ? 寂しいですねぇ。
 なお、大人の仕事の関係で土日に変更されている地域もあるようですが、我が町内では地蔵盆に限らず全ての行事日程を頑なに守り続けています。 

 地蔵盆の一般的な内容は、ウィキペディア百科事典をご覧下さい。

August 20, 2007

行ってきました種子島

第38回種子島鉄砲まつりに参加するため、土日に種子島(鹿児島県西之表市)へ行ってきました。
飛行機.JPG  浦田海水浴場.JPG
左/往路は伊丹から種子島へ直通便。復路は鹿児島で乗り換え。プロペラ機は快適でした。
右/青い海、白い砂。プライベートの旅で泳いでみたいですね。いや〜、それにしても暑かった。

鉄砲まつりは西之表市の一大イベント。この時期は各地からの帰省客で賑わうそうです。一番の見どころは、踊りながらのパレード。ほとんどの島民が参加するか見物する、まさに総参加のイベントです。

火縄銃演武.JPG  bP美人.JPG
左/市街地の大阪堺・長浜国友・種子島の鉄砲隊が次々と爆音を響かせて演武。写真は国友。
右/島民総参加で踊りながらパレード。最も元気だったのは化粧をした種子島高校の女性陣。


○○○座り.JPG
先日のblogで初登場したイケメンを種子島でも見かけました。
股にかける男では「小スタイル」でしたが、今回は祭りの最中に路上で「大スタイル」

追伸 落雷事故で電車はストップ・・・。帰宅したのは深夜1時、チョー疲れました。

August 18, 2007

種子島へ行ってきます

 今日18日と19日の土日に西之表市へ出張してまいります。西之表は、鹿児島県にある種子島のニシノオモテのことで、沖縄の西表島(いりおもてじま)ではございません。よく混同されるですが、全く別の場所ですのでお間違えなく。
 さて、中学生の頃に歴史で習ったと思いますが、我が国への鉄砲伝来は1543年のことで、種子島に漂着した中国船のポルトガル人によると伝わっている。そして、その鉄砲が将軍家や近江守護職の六角氏を経由し、伝来翌年の1544年には既に国友村(元長浜市国友町)で火縄銃造りが始まったとされています。こうした鉄砲の取り持つ縁で、種子島の西之表市と長浜市は1987年(昭和62年)10月8日に友好都市となっているのです。以来、秋の長浜出世まつりには種子島鉄砲隊が参加され、夏の種子島鉄砲祭りには国友鉄砲研究会のメンバーも出掛けています。
 今日から種子島鉄砲祭り。鉄砲隊のほかに副市長や市議会議長も参加されますが、小生は観光協会長の鞄持ちです。考えるだけで暑そうですが、行ってまいります。

August 17, 2007

股にかける男

先ずは写真をご覧いただきたい。

股にかける男.JPG

決して立ち小便をしているわけではない。彼が立っている溝は、近江と美濃の国境で「寝物語の里」と言われる中山道の名所である。昔は溝を挟んで両国の番所や旅籠があり、壁越しに「寝ながら他国の人と話せた」ことから名付けられたという。写真の彼は顔を見せていないので残念だが、なかなかのイケメンである。そして、両県を股にかける男なのである。

8月13日、米原市の観光地を研修してきたときのヒトコマ。米原市には中山道沿いに名所が何カ所もあるので、他の見所はあらためてご紹介したい。

August 16, 2007

イタリアン焼そば続編

 東京から友人が帰省した。彼は「イタリアンとホワイト餃子が食いたい」と言うので、8月15日の正午に「茶しん」の前で待ち合わせた。
 茶しんの店内は、地元のオジサンや観光客と思しき親子などで満席。この繁盛ぶりは小生のblogが影響しているだろうか、ひょっとしてあのオジサンは韓国の大学の先生では、などと思いながら暫し待つことになった。すると、曳山博物館の北にある油屋のご主人が、通り掛かりに声を掛けていく。流石に商売柄かこのご主人は油を売るのがお上手。仕事をされている姿は滅多にお目に掛かれない。
 さて、やっと席が空いて食券を買う番に。この店は先に食券を買う先払いシステムになっている。われわれ二人は、ともに定番のイタリアン焼そばとホワイト餃子を注文。友人は「懐かしいな〜」と言いながら、イタリア料理とは程遠い味付けのイタリアン焼そばを頬ばる。
 友人のお陰で、小生も久々にイタリアンにありつくことができた。

August 14, 2007

舎那院

 長浜八幡宮の東隣に芙蓉の寺として知られる舎那院がある。正式には勝軍山新放生寺舎那院と言い、弘法大師空海の開基と伝わる真言宗豊山派の古刹だ。本尊の愛染明王像や阿弥陀如来像は重要文化財に指定され、豊臣秀吉が家族の息災を祈願した懸け仏が残っているなど多くの宝物を有す。

舎那院本堂.JPG 扉.JPG
左は本堂の西側で、右はそのアップ。この扉は、旧国会議事堂から貰い受けた。

芙蓉が咲き始めた。舎那院の境内は白色が少なく、ピンク色が多い。
8月下旬には酔芙蓉も咲き始める。酔芙蓉の花は、朝は白いが時間の経過と共に赤味を帯びる種類で、酒に酔って顔色が赤くことに準えて名付けられている。
芙蓉.JPG 二福亭.JPG
写真右は本堂裏。手打ちうどんの二福亭は、長男二男とも中学時代に就労体験でお世話になった。だからという訳ではないが、この店はお薦め。熱い味噌煮込みうどんを食べながらビールを呷る、最高!!

August 13, 2007

伊吹山登山

 10日の金曜日は、家族サービスで三重県の長島へ行ってきました。子どものお目当てはジャンボ海水プールでしたが、家族連れとアベックでかなり混雑していました。妻が「若い女の子はビキニばっかり」と言う通り、ワンピースタイプの水着を着ている若い娘は皆無。たまにこうした場所へ行かないと世間の流行から取り残されてしまう、と危機感を抱きました。
 プールの後は、妻の希望で隣接のアウトレットモールへ。海外有名ブランドや有名スポーツブランドなど様々なショップがあり、どこのお店も賑わっているのですが、買いたいモノが少なくなってきたのは年を取った証拠でしょうか。

 12日の日曜日は少し時間の余裕があったので、午後2時頃から衝動的に伊吹山へ行ってきました。家から東方を見たら伊吹がスッキリと見えたので、「山頂へ行けば涼しいか」などと考えて・・・。
 麓の三之宮神社(米原市上野)から一気に駆け上ろうと思ったのですが、暑さでバテて往路の所要時間は1時間25分。流石に1377mの山頂は涼しく、1本250円の500mlスポーツドリンクを飲みながらホッと一息。快晴で長浜は勿論のこと四方がスッキリと見渡せました。お客さんもいっぱいでした。
 下山し始めて間もない7合目で、長浜市役所の元観光担当部長さんNSさんとバッタリ。4時頃でしたので、NSさんは伊吹山頂から夕景写真の撮影だったのでしょうか。
 復路はバテバテでしたが、何とか6時前には帰宅。シャワーを浴びた後に冷た〜いビールをゴックン。このために山へ登ったのかも、と至福の時を楽しみました。

August 11, 2007

盆梅印刷物と川合充君

 来春の盆梅展ポスターのデザインをコンペ方式で募集した。本会会員と長浜市内の全印刷業者20社に声を掛けたが、説明会に参加したのは7社で、実際の応募は5社だった。審査会の結果は、本社が岐阜県で彦根市に営業所がある会社が選ばれ、残念ながら市内業者は選に漏れた。

 昨日の朝7時頃、いつものように新聞に目を通していた。39歳の会社員・川合充さん死亡という滋賀版の交通事故の記事を読んで愕然。彼は、小生が今まで出会った中で最も信頼する営業マンだった。彼ほど誠意あふれる営業マンはいなかった。
 盆梅の印刷物は、川合君の最後の仕事になってしまった。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げたい。

August 09, 2007

大人が襟を正そう

 花火の準備や後始末をしていて改めて感じました。「大人が悪い」と。
 道路にシートを敷いて大きな石で重しをするオバサン。「釣り禁止」の看板の隣で平気で釣りをするオジサン。グランドゴルフで広場を独占し、小学生に遊ぶスペースを与えない爺さん連中。この人達は、注意されると一様に逆ギレする、意地っ張りになる。オイオイオイ、何考えてんだよ〜!!
 
 若者はコトの善悪を理解し、素直に注意を聞いてくれる。次代の日本は捨てたものじゃないぞ!!

[かく言う小生も大別すれば年寄りの部類か。自省しております]

August 08, 2007

八月八日

 8月8日です。
 今日は長男の19歳の誕生日です。長男は東京の大学へ行っているのですが、何をしているのやら音信不通。夏休みになったのに帰ってくる気配がありません。親を見て子は育つ、と言いますから自らを省みれば言えた義理ではありませんが。
 本日は父の命日。亡くなって丸一年になりますが、長かったような短かったような複雑な思いです。それにしても昨年は暑かったことを思い出します。今年の暑さは、まだまだ序の口ですね。

August 07, 2007

花火は無事終了

 長浜・北びわ湖大花火大会が無事に終了した。花火はリスクが高く、様々な心配事があった。一番の心配は煙火事故だが、これは何のトラブルもなかった。やれやれ一安心である。天候は台風一過で、昼間は青空、積乱雲、刺すような日差しで、今年初めての夏らしい一日となった。花火打上時は、陸から琵琶湖に適度な風が吹き、煙が邪魔にならない最高の条件だった。

花火(2007).JPG
この写真は長浜市役所の広報マンOさん撮影。撮影場所は水道企業団とのこと。

August 02, 2007

台風

 7月14日から16日までの3連休は台風で散々。琵琶湖汽船長浜支社長さん曰く「あの三連休で今夏の成績は対前年比でマイナスが決定ですわ」とのことでした。
 そして、また台風です。5日の花火は台風一過の晴天を祈るばかりです。