一日回峰行
比叡山の千日回峰行を始めたのは誰かご存知でしょうか。平安前期の831年に長浜市北野町で生まれ、「この僧こそ仏に相応する」ということから相応和尚(そうおうかしょう)と呼ばれたお坊さんです。そうしたことから、北野町と同所の「五先賢の館」では、市民向けイベントとして千日ならぬ一日回峰行を開催されています。
小雨そぼ降る昨朝、開催を危ぶみながらも出発地の五先賢の館へ自宅から1時間かけてジョギング。悪天候にもかかわらず、親子連れや熟年層など思ったよりも多く集っていらっしゃいました。ラジオ体操のあと朝9時20分に出発。相応和尚の生地を通り、立志坂、克己坂と名付けられた山道へ。途中で脇道にそれ、蘇我氏に敗れた物部守屋が隠れ住んだと伝わる「本宮の岩屋」へ行きました。入口から途中まではメタボリックの方には無理と思われるほどかなり狭く、真っ暗闇。私の前にいる小学生が50cm程の落差でケガし、突然泣き出したからさあ大変。小生までも閉所恐怖症のような感覚にとらわれて、心臓がドックンドックン。出入りは本当に苦労しました。でも奥にはかなり広いスペースがありました。

左は「本宮の岩屋」の入口。入口には注連縄が張られています。
右は観光振興課Y主事撮影の岩屋内の天井。わかりますでしょうか、コウモリの群れです。
岩屋を出て再び山道へ。小谷城の六坊跡、山王丸跡を経て本丸で昼食。
小谷城址の大石垣をよじ登ろうとする二人の若者。文化財を大切に!!
昼食後は岩場(景色は良いがかなり危ない)を通り、一気に須賀谷町へ下りました。10軒足らずの小集落の須賀谷には、その名も「須賀谷温泉」があります。一行から別れて女将さんの顔を見に行ったのですが、残念ながらお会いできませんでした。さて、須賀谷は賤ヶ岳七本槍のひとりである片桐且元の生地でもあります。ただ、今では荒廃した屋敷跡と且元の父の小さな墓が残っているだけです。
須賀谷をあとにして瓜生町の日吉神社へ。収蔵庫にお祀りされている重要文化財の薬師如来坐像は欅の一木造で像高154cm、重厚で力強い見事な仏様でした。境内には樹齢1300年の柊の老木も植えられ、市の文化財となっています。この日吉神社からゴールまでは5分足らず。午後2時20分に五先賢の館に帰着。抹茶を頂戴し、館内をゆっくりと見学してから帰宅いたしました。
なお、「五先賢の館」で顕彰する五先賢とは、相応和尚と片桐且元、安土桃山から江戸時代初期の絵師の海北友松、大名茶人の小堀遠州、幕末から明治期の漢詩人であり書家の小野湖山の5人です。

コメント
誤先見の輩?私の結婚のこと?まぁどうでもいいですけど・・・・
私も行きたかったのですが、生憎奥様の体調が悪く、一日介抱していました。
投稿者: 明治 節 | May 21, 2007 05:17 PM