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May 30, 2007

金糞岳夏山開き

 5月29日に社団法人長浜観光協会の総会があり、長浜市内の3観光協会が統合した。これに伴い、びわ観光協会と浅井観光協会は解散し、それぞれ長浜観光協会の支部となった。
 30日は長浜恒例の総会デーで、朝から長浜花火協賛会、長浜出世まつり実行委員会、一豊公千代様キャンペーンイベント実行委員会、滋賀県湖北観光連盟と会議が続いた。

 かわって明日31日は、1317mで伊吹山に次ぐ滋賀県下第2の高峰である金糞岳の夏山開きと安全祈願祭。健康的な仕事である。

May 28, 2007

大河ドラマ2009

 再来年(2009)のNHK大河ドラマが、「天地人」に決まりました。今年は武田信玄の軍師・山本勘助が主人公ですが、今度は上杉謙信を師と仰ぐ直江兼続の物語。まるでNHKが川中島のようです。
 一週間あまり前には舞台となる新潟県から、早くも北近江一豊・千代博覧会に関する資料請求がありました。そういえば、一昨年には直江兼続を大河ドラマにしようというパンフレットを東京駅で目にしましたから、随分と早くから誘致運動を展開されていたのでしょう。
 上杉家の精神は「義」に象徴されますが、兼続はそれを「愛」の文字で表現しました。兜の前立に「愛」の文字をあしらい、旗にも「愛」の一文字を掲げたのです。戦国時代には希有の武将といえるでしょう。
 なお、小生も流行に乗り遅れまいと、火坂雅志さんの原作本を読みました。お馴染みの戦国モノですから、わかりやすいストーリーです。原作には兼続の盟友として石田三成が幾度も登場しますので、生誕地の長浜としては三成顕彰を更に一層進めねばと思っているところです。

May 24, 2007

残念!!

 先週、横浜市の中学2年生160余名が、農業体験などのために滞在していた長野県でノロウイルスによる食中毒の被害にあった。長野と横浜のこの一件は、実は長浜に大きな影響をもたらした。
 というのも、この中学の3年生約250人が、今週の月曜日から水曜日まで、長浜市へ修学旅行にやってきて市街地の商店で丁稚体験をすることになっていたのである。
 残念ながら、今回の修学旅行はキャンセル。延期になってしまった。一番残念なのは生徒諸君であろうが、長浜としても当然である。誠に残念!! 

May 21, 2007

一日回峰行

 比叡山の千日回峰行を始めたのは誰かご存知でしょうか。平安前期の831年に長浜市北野町で生まれ、「この僧こそ仏に相応する」ということから相応和尚(そうおうかしょう)と呼ばれたお坊さんです。そうしたことから、北野町と同所の「五先賢の館」では、市民向けイベントとして千日ならぬ一日回峰行を開催されています。
 小雨そぼ降る昨朝、開催を危ぶみながらも出発地の五先賢の館へ自宅から1時間かけてジョギング。悪天候にもかかわらず、親子連れや熟年層など思ったよりも多く集っていらっしゃいました。ラジオ体操のあと朝9時20分に出発。相応和尚の生地を通り、立志坂、克己坂と名付けられた山道へ。途中で脇道にそれ、蘇我氏に敗れた物部守屋が隠れ住んだと伝わる「本宮の岩屋」へ行きました。入口から途中まではメタボリックの方には無理と思われるほどかなり狭く、真っ暗闇。私の前にいる小学生が50cm程の落差でケガし、突然泣き出したからさあ大変。小生までも閉所恐怖症のような感覚にとらわれて、心臓がドックンドックン。出入りは本当に苦労しました。でも奥にはかなり広いスペースがありました。

本宮の岩屋.JPG bats.jpg
左は「本宮の岩屋」の入口。入口には注連縄が張られています。
右は観光振興課Y主事撮影の岩屋内の天井。わかりますでしょうか、コウモリの群れです。

 岩屋を出て再び山道へ。小谷城の六坊跡、山王丸跡を経て本丸で昼食。

大石垣.JPG
小谷城址の大石垣をよじ登ろうとする二人の若者。文化財を大切に!!

 昼食後は岩場(景色は良いがかなり危ない)を通り、一気に須賀谷町へ下りました。10軒足らずの小集落の須賀谷には、その名も「須賀谷温泉」があります。一行から別れて女将さんの顔を見に行ったのですが、残念ながらお会いできませんでした。さて、須賀谷は賤ヶ岳七本槍のひとりである片桐且元の生地でもあります。ただ、今では荒廃した屋敷跡と且元の父の小さな墓が残っているだけです。
 須賀谷をあとにして瓜生町の日吉神社へ。収蔵庫にお祀りされている重要文化財の薬師如来坐像は欅の一木造で像高154cm、重厚で力強い見事な仏様でした。境内には樹齢1300年の柊の老木も植えられ、市の文化財となっています。この日吉神社からゴールまでは5分足らず。午後2時20分に五先賢の館に帰着。抹茶を頂戴し、館内をゆっくりと見学してから帰宅いたしました。
 なお、「五先賢の館」で顕彰する五先賢とは、相応和尚と片桐且元、安土桃山から江戸時代初期の絵師の海北友松、大名茶人の小堀遠州、幕末から明治期の漢詩人であり書家の小野湖山の5人です。

May 18, 2007

監査&総会DAY

 本日は監査DAY。午前9時半から滋賀銀行、びわこ銀行、大垣共立銀行の各長浜支店長さんと長浜信用金庫本店営業部長さんに、観光関係団体の会計監査をしていただきました。
 社団法人長浜観光協会、長浜花火協賛会、長浜出世まつり実行委員会、長浜きもの大園遊会運営委員会、一豊公・千代様キャンペーンイベント実行委員会、滋賀県湖北観光連盟。これだけの団体ですから、監査を受ける私たちも監査していただく監事さんも大変です。

 なお、観光協会の通常総会は今月29日に長浜ロイヤルホテルで開催します。翌30日は、花火協賛会、出世まつり実行委員会、湖北観光連盟と続く総会DAY。北近江一豊千代博覧会を主催していた一豊公・千代様キャンペーンイベント実行委員会もこの日に総会を行い、晴れて解散となります。

May 17, 2007

高層マンション

 「旅の日」の昨日、東京で開催された「旅の日の会」に参加してまいりました。昨年も翌17日に参加報告を書きましたので、そのblogを読みかえしてみましたら、翁恵さんから高層マンションについてのコメントが寄せられていました。
 いま、大通寺の門前通りで翁恵さんご指摘の建設工事が槌音高く行われています。通る度に少しずつ視界が遮られ、空が狭まっていきます。低層の住宅や店舗しか建ってないことが長浜の魅力のひとつでしたが、近年はランドマークの長浜城や大通寺を凌駕する高層建築物が雨後の竹の子のように出現してきました。悲しいかな遅きに失した感はありますが、法規制しか手立てはありません。
 皆さん、声をあげましょう。これ以上、長浜が破壊されないように。

May 16, 2007

辰鼻合戦・野村合戦

 昨夜、「姉川の合戦再見実行委員会」の総会が長浜市役所浅井支所で行われました。総会に先だち、「姉川の合戦を巡る逸話」と題して歴史学者さんの講演があり、面白いことをお聞きしました。
 元亀元年(1570)6月28日、長浜市の姉川を挟んで、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が戦いました。世に言う「姉川の合戦」です。しかし、古の書類をひもといてみると、浅井長政は「辰鼻表合戦」、長政家臣の磯野丹波守員昌は「野村河原合戦」や「野村表合戦」と表記しています。辰鼻は秀吉が陣した横山城の北端のことで、野村は現在の長浜市野村町という地名です。
 姉川合戦や姉川役の名は、江戸時代に入ってから、徳川史観の軍記物語で用いられたからだとか。
なお、福井県立博物館に唯一の姉川合戦図屏風がありますが、そこには賤ヶ岳七本槍ならぬ姉川合戦七本槍が描かれています。七本槍は賤ヶ岳の専売特許だとばかり思っていましたが、そうばかりではないことも初めて知りました。付け加えれば、この7人の武将が全て家康麾下であることは勿論のこと。やはり、歴史は勝者がつくっていくとの表れでしょうか。

May 14, 2007

健康&痩身&体力づくり

 昨日と一昨日の土日に「長浜ツーデーマーチ」という名の歩け歩け大会が行われ、全国から4千人以上の方々にご参加いただきました。今回小生は参加していませんが、20年近く前に長浜で始めるにあたって、全国各地へ視察に行ったことを思い出します。忘れられないのは東松山市でのこと。貸布団を持ち込んで学校の体育館で2泊したのですが、早朝3時起床、4時朝食、そして5時に出発する過酷な日程。そして、歩く距離は50kmです。疲れ果ててゴールしたら竹馬の友にバッタリ出会い、焼鳥(東松山の名物・焼鳥は豚肉です)をあてに缶ビールを2本飲んだらバタンキューだったことを覚えています。

 来週20日の日曜日は、約5時間で山道8.5km歩く「一日回峰行」があります。長浜市観光振興課の若手メンバーと一緒に小生も参加する予定ですので、参加体験談は来週のblogでご紹介させていただきます。お楽しみに。

 因みに、わが職場では「ビリーズブートキャンプ」が大流行。全米大ヒットのエクササイズで、Y君はロッキーのごとき筋骨隆々を目指し、M女史は□kg痩せると頑張っています。昨夜、小生もDVDを見ながら初挑戦しましたが、映像のスピードにはついて行けないし、スタミナが切れて途中でダウンするし、散々な結果でした。一日回峰行などと小さなことを言わず、千日回峰行もこなし得るような強靱な肉体に改造したいと思っています。M女史、Y君、負けませんからね。

May 11, 2007

長浜市が広くなる?

 長浜市の面積がどれぐらいかご存知でしょうか。
 昨年2月12日までは約45kuでしたが、旧浅井町・旧びわ町と合併して一挙に約150kuに広がりました。そして、まもなく約100kuも増えて、約250kuになるそうです。
 面積が広がるのは、合併するわけではありません。新聞記事でご存知の方もいらっしゃると思いますが、670.25kuもある琵琶湖を、琵琶湖に接している10市4町が分け合うことになったためです。ですから、長浜市の面積は広がりますが、陸地ではなく水面だけが広がるということです。
 琵琶湖の面積は高島市がダントツ1位で177ku、2位が彦根市の100ku、3位が長浜市で98ku、4位大津市94ku、5位近江八幡市76kuと続きます。なお、総務大臣の告示がないと正式決定できないらしく、このお話は9月頃からになりそうです。

May 08, 2007

昨年の続き「大賑わいのGW」

 昨年の5月8日、「大賑わいの黄金週間」と題してblogを書かせていただきました。要旨は『平成18年のGW中の観光客数を前年の17年と比較すると、鉄道スクエア+31%、北国街道安藤家+51%とアップし、北近江一豊千代博覧会場の3施設である長浜城歴史博物館+164%、曳山博物館+326%、大通寺+547%といった驚異的な数字となっている』という内容です。

 同じように今年を昨年と比べると、鉄道スクエア−8%、北国街道安藤家−3%となり、前年が博覧会場の長浜城歴史博物館−47%、曳山博物館−53%、大通寺−68%という残念な結果となりました。

 でも、一昨年と今年を比較すると決して悪くなく、鉄道スクエア+21%、北国街道安藤家+47%、長浜城歴史博物館+41%、曳山博物館+100%、大通寺+104%とっています。
 今年の観光客数増は、彦根城築城400年祭の影響が大きいと思われます。ただし、一昨年に比べて観光客の絶対数は施設入館者ほどには伸びてなく、施設入館者の増加要因は「長浜浪漫パスポート」を発行したことに起因しています。

 なお、一般的にお盆やGWは個人客が圧倒的に多く、団体の観光バスが来ないものです。ただ、今年はバスが多く、御旅バス乗降所の利用台数は、昨年の2倍、一昨年の3倍にもなりました。これも彦根城400年祭の影響です。何れにせよ、今年は「ひこにゃん」人気の余慶にあずかれば、と思っています。

May 07, 2007

颯々館

 黄金週間が終わりました。皆さんも友達や家族とどこかへお出掛けになったことと思います。長浜市も全国から多くのお客様にお訪ねいただき、大賑わいでした。
 小生は、GW中ほとんど長浜市内に居りましたので、市外へ出たのは僅かに2回だけでした。最初のお出掛けは、JR長浜駅から線路沿いに自動車で虎姫町へ。爽やかに晴れ渡る最高のドライブ日和で、長浜駅から虎姫町の姉川橋梁までを4往復。ひとり寂しく、SL北びわこ号の沿線警備の旅でした。もう一度の市外は米原市へ。こちらは、早朝ランニングで旧近江町まで足を伸ばしたに過ぎません。

 5月3日は、「悪友さん」との約束を果たしに行ってきました。
 自宅から自転車で約5分も走れば小堀遠州公生誕地へ。正式には「遠州の父親の屋敷跡」なのですが、時代から考えて「遠州が生まれた場所に間違いない」と考えられています。ここから10m余りで、滋賀県一の牡丹名所・総持寺へ。今が盛りと境内一面に咲き誇り、多くのお客様で賑わっていました。

遠州出生地碑.JPG 総持寺ぼたん.JPG


 総持寺から200mほど離れたところに日枝神社があります。この日はお祭りで、御輿が出る前でした。

日枝神社.JPG 宮司・御輿.JPG


 日枝神社のすぐ前には「宮川陣屋跡」があります。昔、このあたりは彦根藩ではなく「宮川藩」だったのですが、その名残です。お殿様の堀田候は、江戸幕府三代将軍・徳川家光時代に老中として下総国佐倉藩12万石の大名でしたが、元禄11年(1698)に移封されて近江に宮川藩がが誕生しました。

宮川陣屋跡.JPG


 そして、お目当ての日枝神社御旅所へ。真っ昼間の11時30分というのに、曳山だけがデンと曳き出されているだけで、境内には誰もいらっしゃいませんでした。見放題、さわり放題です。
 この曳山は颯々館(さっさつかん)と名付けられ、享和2年(1802)に長浜曳山祭の大手町組壽山と同じ藤岡和泉利盈によって作られています。見送り幕は、ド迫力の龍。宮川藩6代藩主の堀田正民が自ら描いています。

颯々館.JPG 正民候龍図.JPG

 悪友さん。14番目の曳山、写真撮ってきましたよ。ジックリご覧下さい。

May 02, 2007

観光協会の統合

 昨年2月に長浜市・びわ町・浅井町が合併してから1年余りが経過しましたが、漸く観光協会も統合することになりました。今後は社団法人長浜観光協会として一本化し、現在の浅井観光協会とびわ観光協会は、長浜観光協会の浅井支部、びわ支部となります。
 これにともない、4月27日の午後4時からびわ観光協会、夜7時30分から浅井観光協会の解散総会がそれぞれ行われましたので、出席してまいりました。両協会の会員からはともに「お客さんが増えるようにお願いします」といった意味の意見や質問を受けました。観光協会組織が大きくなったからといって急に観光客が増える訳ではありませんが、両地の皆さんの期待に応えねばなりません。大変です。
 これからが大変なので、会議終了後は英気を養うため、そして郷土料理の発掘、地域活性化のためにN副会長と本ブログに度々登場の「恥ずかしがり屋さん」の3人で夜の長浜を徘徊してまいりました。

 正式には、5月29日の社団法人長浜観光協会通常総会をもって一本化することになります。