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田辺聖子さんと子ども歌舞伎

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 本日の朝10時頃、ある女性から電話があった。「田辺聖子さんからサイン入りの本を貰ったので今から持って行きます」とのこと。集英社発行の「楽老抄U あめんぼに夕立」、東京新聞・中日新聞に掲載されていたエッセーをまとめられた書である。
 この中に、「梅と羊」と題した盆梅展、そして「長浜の子ども芝居」が紹介されている。

『滋賀県は湖北の町、長浜の〈曳山まつり〉、これが爛漫の春のシンボル、ということに、関西ではなっている。ちょうど京都の〈祇園会〉のお祭が、暑い夏のシンボルなのと一緒。かねて一度は見たいと思っていた曳山まつりであったが、今年は折よく知人が誘ってくれたのを幸い、いってみた。長浜は豊臣秀吉ゆかりの町である。・・・・・中略・・・・・この動く舞台というべき曳山ではただいま子ども歌舞伎の真っ最中、演しものは「平家女護島−俊寛、鬼海ケ島の段」。俊寛僧都を演じているのは、十一歳の桐山隆太郎クン。あといずれも八歳や十歳の少年たち・・・・・』

 俊寛が長浜で演じられるのは珍しいので、これは3年前にお訪ねいただいた時のことだと思い出した。それにしても、長浜曳山まつりが関西の「爛漫の春のシンボル」とは田辺さんも嬉しいことを言ってくださるものである。そしてまた田辺さんは、この文章の最後を次のように閉められている。

『長浜はその昔、猿楽のさかんな土地だったというが、芸能の薫(クユ)りが、住む人の血と、土の中に籠められているのかもしれない。子どもたちのお芝居に、私は魅了されてしまった。教わるままに、無心に、せいいっぱい、セリフをいう。その声には技巧を超えて、聞くものの心を打つ力がある。神に最も近い幼童の力は凄い。この脚本は近松門左衛門だったっけ。
 町のガイドには、子ども歌舞伎の奉納は、神も、嘉して下さるであろう、というようなことが記されてあった。きらびやかな山車の舞台で小さい人々の演ずるお芝居は、清澄な白日夢のようだった。』

 いよいよ、明晩から子ども歌舞伎が始まる。今年は「仮名手本忠臣蔵 七段目 一力茶屋の場」、「絵本太功記 十段目 尼ヶ崎閑居の場」、「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」、「伽羅先代萩 足利家御殿の場」と誰もが親しみやすい外題が揃っている。皆さんも、神も嘉する長浜の芸能をゆるりとご堪能いただきたい。

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コメント

『子ども歌舞伎』
私も、心奪われている一人です。
全曳山揃った、その様子は、しっかり目に焼き付けておこうと思います。きっと生涯の思い出になります…。
田辺聖子さん、八幡さんで私もお見かけしました。とてもチャーミングな方、という印象でした。
素敵な方との出会いも、楽しみ。
清水さんにも、久しぶりにお目にかかれるでしょうか。

コノハナサクヤヒメ様、コメントありがとうございます。昨年11月末にお会いして以来ですね。お目に掛かれますことを楽しみにしています。

ブログ上では はじめまして♪
朝 しばしば お目にかかることは ありますが ブログを出されていらっしゃるとは 露にも知りませんでした。遭遇できて 光栄です。
毎日 お忙しく 全国津々浦々と飛び回っておられるので まさか インフルエンザとは 知りませんでした。お祭までに 治って よかったですね。
わたしは お祭本日は 遠く若狭の地に 「ハーフ」走ってきます。どこかの大会で ご一緒出来たら うれしいなぁ。きっと 随分遅くて あきれられてしまうかもしれませんが・・・

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