11月1日、某大学の副学長とお茶の某流家元を案内して、長浜市内の文化施設を幾つか見学してまいりました。最初に訪れたのは慶雲館。小生はしょっちゅう通っていますが、南庭の石蕗が丁度良い具合に咲いていました。ポカポカと暖かく蝶が舞い、とても11月とは思えない陽気です。

左/石の際に黄色の石蕗が咲いています。 右/よく見てください、右端に黄色の蝶がいます。
お昼は鳥喜多支店へ。満席のため外で10分ほど待ったあと、親子丼(550円)とかしわ鍋(400円)を注文。味には、先生方も満足そうでした。でも、あれほど愛想が悪かったり、料理の出し方がぶっきらぼうだと、地元人としてはかなり恥ずかしゅうございました。
午後は一番に、室町の柴田家へ。明治40年(1907)に建てられた離れの同風軒は、中国様であることから一般的には支那館と呼ばれています。今は誰も住んでいらっしゃらないので、アメリカから買い付けに来られているという話もお聞きしました。でも、長浜に残すのは現代の我々の責務です。市のレベルではなく、国が保護に乗り出していただけることを期待するばかりです。間違いなく国宝か重文になるお宝ですから。それと、柴田家は本宅がまた素晴らしいのです。迷子になるくらいに広く、随所に日本美の結晶が鏤められています。やはり明治期の長浜の大金持ちは、下郷・浅見・石居などスゴイですね。

写真の扁額、同風軒のガラスはともに北大路魯山人の作。
柴田家を辞した後は、近畿最古級で築300年の古民家・四居家を覗いて、重箱や盆などの道具類を鑑賞。四居家に残されている仏壇は浜壇と呼ばれる長浜製で、今ではとてもお目に掛かれない玉目だらけの欅が使われています。
四居家の次は、柴田家の同風軒と並び称される魯山人の芸術の宝庫である北国街道安藤家へ。庭に使われている鞍馬石や北山杉の床柱など、魯山人の作品以外にも見所はたくさんあります。
このあと長浜城歴史博物館の地下へ。四居家のコレクションが収蔵されていますので、これを見学に行きました。お目当ては煎茶の道具です。小生にはチンプンカンプンの世界なのですが、中国からの渡来品が多いようです。

写真は青木木米の急須。木米は江戸後期に活躍した京都の陶工で、煎茶界の偉大な功労者。
副学長と家元は、「近代庭園と煎茶」を研究していらっしゃいます。何でも江戸後期から大正時代は、文人の間で煎茶がかなり愛好されていたようです。柴田家・四居家・安藤家は、何れも煎茶文化の匂いがプンプンとしているとのこと。これだけ煎茶文化の見所が集積している地域は珍しいらしく、近代の長浜の豊かさ、そして文化的熟度が全国屈指のレベルだったことが窺い知れます。これを機会に、小生も煎茶の道をチョット勉強してみようと思っています。
家元は、最後に八幡町の吉田聚雲堂へ。山中信天翁の書と陶器の湯さましを、キャッシュでお買いあげいただきました。ありがとうございます。
あすは文化の日。皆さんも地元の文化に触れてみてくださいませ。なお、決して文化的人間ではありませんが、11月3日は小生の誕生日です。御祝メール、プレゼント、お食事のお誘い、何でも受け付けておりますので、皆様是非とも宜しくお願い申し上げます。